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zoom RSS テーマ「日記・エッセイ・コラム」のブログ記事

みんなの「日記・エッセイ・コラム」ブログ

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巡り合う不思議
世に不思議な巡り合わせと云うものがある。また、不思議な自然現象なるものもあるだろう。どちらもかなりの切迫した心理状態を体験したか、その最中に遭遇することが多いようだ。人は内面の自分を眺め、そして悩む。現在の不完全な自分と内面の理想とする自分との間に、かい離性が大きいほど悩みは深くなるものだ。私は若いうちに船会社を辞め、浄化装置でもあった陸上の専門学校を経たのちに、全く方向性の違う会社に就職した。絵を描くのが得意だった面もあるが、美術工芸品を製造する家内工業ともいえる小さな工房での作業は、慣れるま... ...続きを見る

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2014/03/28 15:57
海からの便り―海音
夕暮れの海岸通りに灯がともっている。砂浜に下りて渚を歩いていると光の反射を受けた波打ち際が黒々とした砂の感触の中に呼吸していた。島の灯台の回転線条光が沖に向かって明滅している。ふと、かつては海の向こう側にいた自分に出会った気がした。確かに今の自分との間には長い時間の隔たりがあるけれど営々と続いている海流の鼓動が親しみを持って沖合から押し寄せて来るのを感じていた。 遠くの潮騒の響きが大きなうねりとなって目の前で弾けると暗い風の中に立っている現実の自分に立ち返るのだった。もう既に人影はない。外形を... ...続きを見る

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2014/01/27 20:36
陸に上がった河童 その2
シロウト文章の詰まらなさは、書き手自身がつまらないからだ。それなりの脚色を加えれば、多少の面白さも提供できるとは思うのだけれど、自分史をフィクションに置き換えるのも図々しい所作というもので、どうも筆が進みにくい。要するにアンチ才能だ。本当に表現したいことは隠れたところにある。(ドキッ!)以前に船員をやめて陸上の職に就こうと決心した心境を、ちょっとだけ述べたことがあった。当時は日本経済が右肩上がりの成長期で、1964年の東京オリンピックが開かれようとしていた時期でもある。海から陸へと思っても、簡単... ...続きを見る

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2013/09/19 18:12
藍色の思い
七つの海を航海した者にとって、意識は常に藍色の中にある。海の中と云う意味ではない。空間的に空と海の間なのである。時間がかなり経過して、記憶が水平の彼方に消えかかったとしても、空間的領域は無意識のうちにも、常に潜在化していると言える。洋上の空間の中に漂うさまは、夢遊病者かジプシーのように浮遊的で儚い。地に足がついていないもどかしさや、満天の星の下に揺れるベッドにも安眠の保証はないけれど、自由な夢想だけはふんだんにあった。かれこれ3,40年経った今でも「夢想」の中を飛んでいるわけではないが、空中を俯... ...続きを見る

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2013/05/21 00:07
バンクーバー島
カナダの西海岸、バンクーバーと言えば米国領のシアトルに近い都市であり、バンクーバー島は海峡を挟んでその向こうにある。北米杉の製材を積んで、米国東岸のいくつかの港に荷を下ろしたことがある。当時のメモ書きした手帳が、実家の兄から送られて来るまでは、遠い記憶の中に存在する、美観のシンボルのような山村港ケミナスが焼きついていた。ただ、メモ書きが簡潔すぎて、詳細な行程までは辿ることができない。森林国カナダの自然が美しい。五大湖周辺も特にナイアガラの滝が有名だけど、見たことがない。ナイアガラが表だとすれば、... ...続きを見る

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2013/02/24 00:01
陸に上がった河童 その1
一生このまま、船乗りで過ごせるのだろうか? 否、否、限られた居住空間の中で、鉄の囲いの中で、脳みその奥から叫ぶ声がする。その声が発する間、船外では波と格闘するフォックスル(船首)の唸りが、ポールドの丸い窓を通して、遠い空間意識の中に伝わってくる。 一瞬、意識は現実の世界に引き戻されるのだが、やがて海と決別するであろう自分の姿を思い浮かべて彷彿としていた。アラビア湾からの帰路の船室は、清々しい気持ちであった。こうしてこの航海は、自分にとって格別の意味を持つようになったのである。 ところで一般... ...続きを見る

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2012/12/04 22:40
自己を超越するもの
両極性の磁場の影響による二面性 ...続きを見る

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2012/04/23 21:36
時化とアホウドリ
大時化の太平洋のど真ん中で、たった一羽のアホウドリが悠然と翼をくゆらせ、海面すれすれに飛行する姿を想像できるだろうか。しかも雨の降る中をである。太平洋のど真ん中と言っても、どこか近くに島があるのだろう。鳥島にはアホウドリの生息地があるからその近海だったのかもしれない餌を求めての飛行なのか幼鳥の試験飛行なのか分からないけれど、いかにも吟遊詩人の趣があって気高くさえ感じられた。もう、あれから随分と時が過ぎて美化しているかも知れないが、強い印象を残した光景には違いない。ある意味では私の人生観に決定的な... ...続きを見る

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2012/03/01 22:18
大きなうねりの谷間で
もう、すっかり陸上の生活者であり、乾いた季節ごとの服装に身を包んでいるにも拘わらず、ときおり潮飛沫に濡れた大海の船上に想いを馳せることがある。 巨体を震わせ、山のような大きなうねりの頂上から、谷底のような奈落に向かって浮沈する船体・・・ミシミシッ!ミシミシッ!ギュルルーンと船室の壁と床を揺すって、絶え間ない喘ぎを響かせていた船体は、逃れ得ようのない生活の一部として否応なく受け入れるようになっていく。環境への順応によって、当たり前の日常と化してくるのだった。人間はどの様な環境にも生きて行けるよう... ...続きを見る

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2010/11/16 21:07
存亡にかかわる
世の中が一気に騒がしくなってきた。世界的に経済が危うくなって、国家存亡の瀬戸際に立つ国も出てきた。ギリシャは日本と同じように国家財政が赤字で、発行している国債の大方は外国資本に買われて、その利子の支払いにおわれている。プライマリバランスから見れば、当然国家予算の減額しかないのだが、公務員給与の減給や税率アップに対して、民衆が暴動まで起こして反発しているニュースには、いささか驚いている。 ...続きを見る

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2010/05/07 23:06
転機
長いこと疑問も抱かずに、ひたすら船内生活に安住していた男が、あの時から状況が一変して行くのだった。あのとき・・・宮川清二は日本に向かう5万トンタンカーの、パッセージ入口に立っていた。海は幾分時化気味で、時折大きな波がデッキ上のパイプラインを洗っていた。海の風は強い、 海原を疾走する風は錆色の滲んだ船体を後方へ押し戻すかのように、ぼうぼうと吼えていた。唸る風は清二の前から船尾へと抜けていった。もやもやとした不確かな不安は、この時から輪郭を持った新しい望みへと、清二の胸にも強く吹き抜けたのだった。ア... ...続きを見る

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2008/03/09 02:31
記憶の欠片
追記 『記憶の欠片』をブログに載せたのは、私がウエブを始めてから1年ほど経った頃に、ある事件が起きたためであります。ある時、私のブログに『893って知ってるか?・・・○○(名字)と言えば私が誰だか分かるでしょう』といって、あるブロガーのページを紹介していました。 そのページと云うのはサークルの名で『平家集まれ―』と云うものでした。主催者の名前もわかっています。 ...続きを見る

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2006/11/23 03:39
潮騒の子守唄
潮騒寄せては返る波の営みが生きている証だと 砂浜に囁いている小さな貝のかけらも色とりどりの小石のさまも揺らめきの中でときめいているかすんだ記憶の岸辺にそっと耳を寄せて潮騒の音を聞いてみよう ...続きを見る

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2006/11/19 03:26
今年も波乱の兆し
2006年の年初から21日を過ぎた今、立て続けにハプニングが起こっている。大相撲初場所で連続優勝を目指した朝青竜が、3敗して優勝戦線から脱落した。1敗で勝ち残った栃東が、明日の千秋楽で朝青龍と対戦、3度目の優勝にかける。新大関琴欧州は2敗で後を追う。平幕の北勝力の活躍も光る。 ...続きを見る

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2006/01/22 02:01
冬の前奏曲
秋盛りの頃は山の勢いも、燃える木々の葉色に表れて、圧倒するばかりの充実感にあふれていた。 多摩の山々は紅葉のオンパレードだった。 ...続きを見る

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2005/12/05 01:39
中越地震の被害と影響
今年の台風は軒並み桁外れの大型台風だった。被害も甚大で農作物への影響が出ている。挙句に10月23日(土)の新潟県中越を震源とするM6.7の地震は、想像を絶する映像を茶の間のTVに映し出している。死者39人、負傷者2616人(11月6日現在)という記録は時々刻々と塗り替えられている。道路は寸断し、鉄道もレールの基盤の土砂流失、車両の脱線等の被害を受けて、山間部の状況がつかめない。震度6強の小千谷市や周辺の市町村では倒壊した家屋の下敷きになって亡くなった人が少なくない。 ...続きを見る

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2004/10/25 00:33

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潮騒の子守り歌-[conparuの白い航跡] 日記・エッセイ・コラムのテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
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