潮騒の子守り歌-[conparuの白い航跡]

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<<   作成日時 : 2008/03/09 02:31   >>

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長いこと疑問も抱かずに、ひたすら船内生活に安住していた男が、
あの時から状況が一変して行くのだった。

あのとき・・・宮川清二は日本に向かう5万トンタンカーの、パッセージ入口に立っていた。
海は幾分時化気味で、時折大きな波がデッキ上のパイプラインを洗っていた。
海の風は強い、 海原を疾走する風は錆色の滲んだ船体を後方へ押し戻すかのように、ぼうぼうと吼えていた。唸る風は清二の前から船尾へと抜けていった。

もやもやとした不確かな不安は、この時から輪郭を持った新しい望みへと、清二の胸にも強く吹き抜けたのだった。
アラビア海からインド洋の大荒海にさしかかると、波とうねりが高くなった。果てしない海原が飛沫とともにあった。

暗い群青色の海面を引き裂くように、波濤が屹立し水底が吠えている。
時折現れる水平線の彼方は、空に溶け込んで波とうねりに浮き沈みして見える。


船は一定の間隔でスクリューを空に持ち上げ、ブルルゥンぶるるぅんと空回りの音を振動させている。
大きく持ち上がったフォックスル(船首)が天を突くと、次の瞬間にはうねりの底に叩き落とされて、舷の左右に白い滝のような波濤を押しだすのだった。

生き物のような波を打ち砕く度に、船体のリズムに反応している自分が居る。
清二の体は巨体が揺れるたびに、前後左右に大きく傾くのを意識していた。荒海の大自然の中に身を置いている現実を、否応なしに認識させられるのである。

長い航海で、しかも限られた船と言う空間の中では、ほんの些細な出来事でも話題の種になり、談笑の俎板に乗せられるのである。娯楽の『ご馳走』になってしまうのだ。
船員たちは船室やサロンに集まって、『かたふり』と言う肩の凝らない話に興じて、笑いの渦の中に一日の疲れを捨て去るのである。

そうして明日への力を蓄えるのである。
同じ話題でも面白可笑しく、リメークするのが常だった。

こうして仲間の話は、航海の単調な生活に花を添えるかのように、一つの話を港から港へと新しい話題の装いをして尽きないのである。
清二は自分から進んで話をする方ではなかった。一番若い方でもあったし、じっと人の話を聞くのが好きだった。
寡黙ではなかったが、出しゃばるような多弁にも本能的なブレーキがかかっていた。東北人の気質と云うものでもなかった。

当然敵も少なかった、と言うより争いそのものが好きではなかったのだ。
毎日が同じ顔ぶれで、その場から逃げる訳にもいかないのだから、たとえ性に合わない人が居たとしても、「当たらず触らず」お互いが船内の融和に気を使っていた。

今度の航海が清二の心に、新しい灯明をもたらしたことは、今まで眠っていた脳組織を撹拌するのに十分だった。
しかし、無から有の運動エネルギーは、予期しない方向へと舵を切ることになるのであった。
商船と言えども、士官と乗組員、先輩と後輩の規律が保たれなければ安全な航海は不可能である。
小さな隔離された社会の、日常の規律や暗黙の約束事が破られれば、船内の秩序は保たれない。
あってはならない事なのだ。

その、あってはならない事が清二によって引き起こされてしまった。
しかし、今の清二には自分の行為によって起こるであろう事の、予兆の片鱗さえも感じることが出来なかった。ましてや運命の糸が、それらの出来事をある方向へと紡いでいくことなど、想像も出来なかった。

清二の置かれているポジションは、小さな社会の底辺に位置していて、甲板員の中でも最下位にあったことは前に記した。
清二が船に乗った頃は、海運業の飛躍的な成長もピークを迎えた後で、既に翳りが見え始めていたから船員の雇用も抑えられて、清二の社会的位置は何時まで経ってもビリのままだった。

『いつまでも、このままでは・・・』そういう思いが、心の底に沈殿していったのである。
同時に清二の胸には、「自分は一生船乗りで居られるのか」、と言う問いかけが絶えず去来していた。

つづく













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